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::: ホラー・ファンタジー ::: ☆☆☆☆☆


シリーズ4作目。
今回は、魔道士修行とバイトに明け暮れる夕士の高校2年の夏休みが描かれてます。


1作目は登場人物の紹介に終始。
2作目は何の進展も見せないままいきなり中だるみ。
加えて、腐女子向け作品に転向気味で、わたくしのテンションを下げた。
3作目では、類型的でワンパターンであるものの、ファンタジー・アクションっぽい展開を見せたのだが。。。
本書(4作目)で再び、腐女子向けな内容で中だるみ状態に突入。( ̄ε ̄)
一体、著者は何がしたいのか?
もう理解不能です。

そもそも、物理的なページ数からみると、一冊一冊が長篇作品なのだが、赤川先生よりひどい歯抜けページで、がんばっても中篇がいいとこなボリューム。
これで中身の濃い内容にしようというのが土台無理な話。
また、J.K.ローリング原作の“ハリー・ポッター”シリーズのような綿密なプロットがあるようにも感じられない。
シリーズ化を前提に書かれた作品とは到底思えない。
著者が主張したいこと、書きたいことは全て一作目に凝縮されており、二作目以降は惰性で続けている印象。
主人公の成長も、物語の展開も期待できる素材はないように思う。


個人的な評価としては、本書(4作目)がこれまでの中では一番最低の作品に思えた。
一応、シリーズ作品なので、最終巻まで読んだ総評で評価したいところだが、この先の展開に期待できそうもないというのが正直な気持ち。
わたくしの本シリーズに対する評価が、他の娯楽小説と比べて手厳しい理由として、本書が “児童書” としての一面を持ち合わせているからだ。
巷では人気作品らしが、個人的には児童書どころか、普通に小説としても評価できない。
特に本書(4作目)は、幼稚な内容に加え、説教臭い会話で終始する構成には呆れる。
説教にしても、社会で生きていくために誰もが普通にやってる当たり前のことを、ストレートな言葉で言われても。。。という話が多すぎる。
頭で理解できても体現(実践)できるかどうかは別の話だし。
言葉には限界があり、時には経験に勝るものはない時もある。
RPGのレベルアップのような容易さで、言葉1つでわかった気になって、それが成長だとするのは納得できない。
それと、主人公を含め彼を取り巻く人々や、環境があり得ないくらい平和ボケした設定なのに、物語の社会的背景だけ妙に現実的なのも違和感があり過ぎる。


あくまでも本書を児童書として考えた場合、著者が訴えたい主張をストレートに明確に表現することは、読み手に世間の常識だとか、正義といった個人の観念を押し付ける印象を持たれるので、個人的にはこういう表現方法は好ましくない。
子供の家庭教育の一環として、読書を選択する親御さんも多いと思うが、家庭教育をするのは親自身であり、本は補佐的なツールでしかない。
良い事しか書かれていない本を読ませても、良い子に育つとは限らない。
本の世界は自由であるべきだと思うし、そこには良い事も悪い事も存在するのが自然。
児童書を読んだ時に子供がどう思うか、どう感じるかは親子で培ってきた家庭教育の賜物。
良い方向に進んでいるか、その逆かを計るある意味、家庭教育での成果を確かめるテストとしての役割があるのだと思う。
だからそこに明確な答えを書き込んでしまうような児童書は問題ありかと思うが。。。


















※ これ以降ネタバレしてます。










































本書が本シリーズ最低の作品だと思う理由がいくつかある。

1つには、児童書とはいえ商業誌だという自覚が微塵のかけらもないということ。
中身スッカラカンで、読者に金を払えと!?
児童書として、子供達のためになるような教訓や言葉を伝えることばかりに躍起になっていて、肝心のというか、基本的な小説としての良さや面白さが感じられない。
物語がまず先にありきで、そこから読者が作者の思いをどう感じるか、受けとめるかだと思う。
本末転倒であり、笑止千万とはこのことか。
著者の自慢たらしい傲慢で、押し付けがましい作品は、読んでいて気分の良いものではない。


それと、本書では社会で生きるために働く大人たちと、遊ぶ金欲しさでバイトする若者のそれぞれの視点から、世の中との関わりを描いている。
主題は良いのだが、大人の立場が、 “今時の若いモンは。。。” とよく耳にする小言に終始している点がひどい。
小言ならまだかわいい、完全なる “愚痴” ですね。(´ー`)┌
主人公・夕士のバイト先である運送会社の社長の愚痴は本当に最低だ。
それも、愚痴の原因となっている人物を除外して、仲間内だけで言い合うのは、いじめっ子達がいじめ対象の子供の陰口を叩くのと変わりない。

この運送会社は、いわゆるアットホームな和気藹々な雰囲気の会社。
それの何が悪い? ってことなんですが。。。
悪くはないですよ、個人的にも家族みたいにコミュニケーションとれる会社は居心地良さそうですしね。
お昼もみんなで仲良くランチタイム!!って。。。いいじゃないですか。
だけど、それが優良企業かどうかというのは別の話なんですよ、残念ながら。
会社というのは、基本的には利益を追求する団体であり、それが全うできればそれ以上でもそれ以下でもない。
つまり、経営上問題なければ、アットホームである必要性もなければ、そういう環境を望まない社員がいても良いのです。
ところが、みんなで仲良くできないと、それがコミュニケーション取れないダメ社員のようなレッテルを貼る事に抵抗感がある。
仲良くって何?
コミュニケーションに仲の良さって必要か?
仕事をしにくる人間に、くだらない井戸端会議に加われと?
飲んで騒ぐだけの飲み会に何のメリットが?
本書で登場する運送会社は、わたくしからしたら、中学校の学園祭だとか、球技大会のノリに思えてならない。
みんな仲良くがんばろう! な幼稚なノリ?(笑)
何故に、 “みんな” なんだろうと。。。
個人が、各自それぞれの能力に見合う力を発揮して仕事すればいいだけの話じゃないですか?
それをするために、ランチタイムを共にしたり、井戸端会議で盛り上がったりする必要性があるのか?
会社っつ~のは仕事しにくる場所であって、コミュニケートしあう場所じゃないでしょうに。
確かに、普段からコミュニケーションが不足していたら、いざという時に団結できないという理屈もわかる。
だけど、会社のバイトくんが一生その会社で働くというのはあり得ないですし、逆に事業者の都合で解雇したりと、常に流動的な人員なわけですから、長期間働く正社員と比べたら、ある意味、仕事に差し支えない程度のコミュニケーション能力が必須というのが前提。
っつか、バイトだろうが、正社員だろうが社会で仕事をするためには最低限の必要な能力です。
それを欠いていて会社にとって著しく不利益となるのであれば、会社をやめていただくほかない。
それがビジネスというものです。
そこに人情だとか、温情なんぞいちいち差し挟んでいたら会社つぶれます。
仕事場は人を育てる教育現場じゃないですよ。
働く側からしたら、仕事時間以外のプライベートな時間をどう使おうが自由であり、携帯をいじり倒そうが、マンガを読みふけろうが、その人の勝手です。
それの何が悪い?
社員同士、仲良く語り合いながら弁当を食わなければならないという規則でもあるのか?
携帯ばかりいじってるから、会話に加わらないからコミュニケーション能力無しかどうかは疑問だし、どんなに苦手な相手でも、仕事とプライベートをきっちり分けて対応している人はいます。


本書では、若い人たちにありがちな態度を否定的に描いている点が、わたくしとしては不愉快に思った。
ハッキリ言って、わたくしは自分で言うのもなんだが、保守的で昔堅気の人間だから、それこそ今の若い人たちの言動は好ましく思っていない。
だけど、主人公である若い夕士までも、大人の流儀が正しいという立場にいることに納得できなかった。
何が何でも、自分たちのペース、型にはめ込もうとして、しかも、それが正義であるかのごとく描いている。
不快である同時に、彼らには反感しかおぼえない。


また、運送会社特有の業界用語として、 “天地無用” というのがある。
荷物を逆さにしてはいけないという意味なのだが、新人のバイトくんたちは、この意味がわからず、逆さ厳禁の荷物を逆さにして積んでしまうのです。
天地無用という言葉は誰もが知っている常識だと、著者は夕士に語らせている。
が、本当に常識的な言葉なんだろうか、と疑問に思う。
というのも、最近の宅急便の会社でも、この手のシールをあまり見ない。
わざわざ上下を逆さにして荷積みする事すらありえなさそう。
日常生活で天地無用なんで言葉、使わないし。
ただ、仕事であると考えた場合、新人のバイトくんの教育係りを命ぜられた班長が責任を取るのはしごく当然。
常識という主観的な観念を、バイトくんに勝手に押し付けたことが原因であり、班長の怠慢であり危機管理に問題があるとしか言いようが無い。
社長が事情も聞かずに、バイトくんを最初に責めるのは違うんじゃないのと思う。
だが、本書では、バイトくんらが責められるはず過失を、班長が肩代わりした。。。みたいな描き方は非常に納得がいかない。
業界用語を知らない人間から、知っている人間よりも先に、それがどんな意味であるかを問えというのは無茶ぶりにもほどがある。

こんな身勝手な常識を押し付けてくる会社には勤めたくないものだ。



さらに、小学生女子のわがままな自殺未遂事件、とってつけたような魔法シーン?
なんだこりゃ!? な展開にお口アングリです。
死にたいやつは勝手に死にさらせと言いたい。
死ねないヤツほど言い訳ばかりで口うるさい。
イラっとします、このアホ娘には。(笑)
他にも、魔法の必然性を全く感じない状況で、無理やり魔道書を使ってみたり、男同士(夕士と長谷)でパパだママだといちゃこいて、著者はどうしてもボーイズラブ系大好きな読者を釣りたいらしいが、見るからに疑似餌だとわかる餌に誰が食いつくか!(笑)
金儲けしたいだけなら、児童文学の世界から足を洗いなさい。
全く、何がしたいのか理解不能です。

ただわかっていることは、根性悪で天邪鬼なわたくしには、児童書なんて子供のためになる作品は一作も書けないだろうということだけ。(´ー`)┌












(  ゚_ゝ゚) { 『俺は、「俺だけ」では成り立たない。世界の中にあってこそ、俺は成り立つんだ。』 っつか、生きてなんぼの方がわかりやすい。







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