記念写真

16:16 Tue 18.11
記念写真 (角川文庫 あ 6-142)記念写真 (角川文庫 あ 6-142)
(2008/10/25)
赤川 次郎

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::: サスペンス・ホラー・ミステリ ::: ★★★☆☆


1987年〜2008年に発表された短篇を纏めた文庫オリジナル短篇集。
近年の著者の新作にはほとんど期待をしていなかったのですが、思いのほか秀作が多くて驚いた。(笑)
10篇の短篇が収められているのですが、年代もテーマも一貫しておらず、まさに “余りモノ” という感じです。
ジャンルもサスペンス、ミステリ、ドラマ、ホラーといろいろです。
この手の寄せ集め短篇集で困るのが、書籍化にあたってのタイトル付けだと思う。
本書では、最初の作品「記念写真」をタイトルとしてます。
ですが、この「記念写真」は、ショートショートのように4ページ程度の短い作品のせいか、あまり印象に残らない。
加筆修正して、内容やページ数に厚みを持たせて欲しかったかなぁと思う。

年代ごとに1篇ずつ選ぶとしたら、


1980年代 「笛」(1988年)
1990年代 「留守番電話」(1994年)
2000年代 「窓越しの雪」(2007年)


の3篇が格別に良かったです。
ドラマ 『世にも奇妙な物語』 にうってつけのストーリーが多い。
もしかしたら既に使われているかもしれませんね。













※ これ以降ネタバレしてます。







































各話の感想を一言。



・「記念写真」(1987年)

サスペンス・ドラマ

他人から見た幸福が、本人にとっては必ずしも幸福であるかどうかはわからない。
主観と客観の相違をサスペンスにして、生を受けた者にとって生きるということ、生きているということは何よりも幸福なことであるということを描いた作品。
少女の心の葛藤がよく表現されており、道徳的な人間ドラマ。
残念なのが、もうちょっとページ数を増してでも詳細に描いて欲しかった。



・「窓越しの雪」(2007年)

ドラマ

家族の記憶を失った(病気・事故かは不明)老女に、彼女の夫と息子が刹那の時間、記憶を取り戻させようと一芝居打つ話。
ある意味、ハートフルでファンタジーなラブストーリーで、せつなく心温まる物語です。
本作では、老女を若い女性と読者に錯覚させるような騙しのテクニック(叙述)が使われている。
それだけでなく、老女を食事に誘った老紳士が彼女の夫であるなど、短いストーリーの中に読者を驚かせる種をいくつも用意している。
さすがは赤川次郎という感じです。
おそらくこの老女は認知症を患っていると思われます。
息子はそんな母親に、どうしても自分の結婚相手を紹介したかったのでしょう。
それと同時に、老女と夫との想い出のシチューエションを舞台劇のように演じて彼女に観せることで、夫の事も思い出して欲しかったのでしょう。
しかし、シンデレラにかけられた魔法のように、再び夫は見知らぬ老紳士に戻ってしまう悲しいラストだが、夫には悲観的な印象は感じられず、妻をいたわるようなやさしさを感じる。



・「影の行方」(2008年)

サスペンス・ホラー

理性と欲望の葛藤の末、破滅の道を選んだ男の話。
欲望を象徴する “影の手” が自己を凌駕して、意思に反して殺人を犯してしまうホラー。
一度、犯罪に手を染めてしまうと、目的を達成する為には容易にその手段を用いてしまうという事を暗示しているようです。
1つ疑問なのが、妻子持ちの男を誘惑していた女子高生の目的がいまいちよくわからなかった。



・「留守番電話」(1994年)

サスペンス・ホラー

留守番電話が敏腕マネジャーのような役割を果たすというアイデアは非常に面白い。
仕事の交渉も卓越している上に、浮気している女ともきっち別れさせてくれる。(笑)
これは著者の体験談か? と想像してしまうほど。
奥さんやり手なんですかね。(笑)
不思議な留守番電話を叩き壊したら、奥さんも頭を打って死んでいたというブラックでシュールなオチがまた素晴らしい。
留守番電話の正体は、奥さんだったということを仄めかしているのですが、奥さんが旦那の声色を使っていたのかとか、奥さんの怨念が留守番電話にのりうつったのか、などなど、細かい部分は読者の想像を掻き立てるラストになっている点も評価が高い。



・猫の手(1995年)

ホラー

ジェイコブズの短編小説 『猿の手』 のパスティーシュ。
“猿の手” というのは聞いたことはあるが、 “猫の手” というのは初めて。(笑)
“猫の手も借りたい” という日本的な発想なんでしょうね。
3つの願い事の成就には、3つの大きな代償がついてまわるという法則は、人間の欲求におけるジレンマであり、古典的なホラーではよくお見かけするテーマ。
本作では、仕事と恋人という2つの願い事が、夫の事故と死という2つの代償で相殺されている。
そこへもってきて、ラストで孫の一郎が遊びに出かけていく時にかけられた 『車に気を付けて!』 という一文が加えられることで、 “「孫の手」を貰おうかしら” という祖母の言葉に不安がよぎる。
恐怖に対する想像を掻き立てるような構成はとっても上手いですよね。
残り1つの願い事に、孫の手でなく、猫の手が有効だったら怖いなぁ。。。(笑)



・「小さな大人の事件」(1998年)

ミステリ・ドラマ

尊敬に値する大人がいない、未来を托せる子供がいない。
救いようの無いほどに腐った現代社会を描いた作品。



・「学校、つぶれた?」(1998年)

ミステリ

学校が倒産した!? という奇抜な設定。
最後のオチがいまひとつわからなかったのですが。。。
考えすぎですか?
いたずらの犯人は明でいいのかなぁ。。。?
武が体力測定の日を健康診断の日と勘違いしていたことで、容疑からはずれたと素直に受け取っていいのでしょうか?
なんだかピンとこないのですが。。。



・「十代最後の日」(1999年)

ホラー・ミステリ

恋人の命を助けることを条件に、十代最後の日に死ぬことを死神と約束した少年の話。
ところがどっこい、先に死神と契約していたのは恋人の方だったというオチ。
死ぬ運命にあったのは恋人の方で、少年との別れを惜しんだ彼女が、彼を道連れにすることを死神に持ちかけてたわけです。
どうなんでしょうね、このオチ。
死神の設定にムリがありません?
死ぬ運命に無い人間をいとも簡単に事故死させられるのに、元々死を約束された人間を殺すのに遠回りな手の込んだ演出が必要なのか?
ミステリとしてのある程度必要な法則性みたいなのが無いので、矛盾を感じます。
誰でも何人でも殺せるなら死神の怖さというのを感じない。
死というのは唯一、誰にでも与えられる平等で絶対的なものであり、それを司る神が死神なのに、そいつが贔屓することで神秘性というものが失われる気がする。



・「見果てぬ夢」(1994年)

ホラー・サスペンス

かつて心中を試みた男女。
しかし男は “生” に、女は “死” へと離れ離れになってしまう。
長い月日のあと、男は死んだはずの昔の恋人の幻に悩まされることとなる。

幻想と現実の境を行き来する男を巧みに描いている。
昔の恋人の怨念なのか、妄想逞しい女のストーカー行為なのか、読者はハラハラしながら読む事になるでしょう。



・「笛」(1988年)

ドラマ

いわゆる不条理小説。
本書で一番評価が高い作品。
ミステリでなければ、サスペンスでもない。
人間ドラマを描いた優れた道徳的な作品だと思う。
権力を笠に着るという言葉があるが、程度の差はあれど人は傲慢になる生き物なんですね。
本作では、権力の象徴が笛であり、その笛を子供に託すときに主人公が言った言葉が印象的だ。

“うるさいから、あんまり鳴らさないようにね。─本当に鳴らさなきゃいけないときだけ鳴らしておくれ。”

過ぎたるは及ばざるが如しってことですかね。
そして、死を連想させるラストは哀しい。
死というのは、幸福を感じている時に間々やってくるというのが皮肉でもあります。










(  ゚_ゝ゚) { 『あなたの背後に潜む、十の恐怖。』 珠玉の短篇。








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Bk.084 幽霊の径

01:11 Wed 10.09
幽霊の径 (角川文庫 あ 6-141)幽霊の径 (角川文庫 あ 6-141)
(2008/08/25)
赤川 次郎

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::: サスペンス・ホラー ::: ★☆☆☆☆


2006年に刊行された、赤川作品の中では新しい作品。
これまで、改版や新装版を機会に80年代、90年代の作品を読んできたが、2000年になってからの作品は読んだことがなかった。
文庫化にともない図書館でお借りしました。


著者はよく、作品に幽霊が登場するファンタジーを書きますが、本書では、ホラーというよりは、現代的な怪談。
主人公は、桂木財閥のお嬢さま・令子。
16歳の元気な女子高生という赤川作品ではお馴染みのキャラクターです。
彼女には幽霊と会話が出来るという不思議な能力を持っていた。
その彼女を取り巻く周辺で、次々に謎の死を遂げていく人達。
彼らは幽霊となって令子の前に現れる。
やがて、彼らの導きにより、令子は自分の出生の秘密を知ることとなる。。。

普通にミステリが読みたいなと思っていたのですが、予想に反して、サスペンス・ホラーな内容。
90年代に多い、クォリティの低い作品と変わり映えが無く、正直、がっかりした。
名作が多い著者であるこを考慮して、あえて評価は厳しく星1つ。
全体的に、漠然としていて、何を言いたいのかよくわからない。
ただの怪談話で意味はないと言われればそれまでですが。。。(´ー`)┌
欲望渦巻く大人社会の醜悪さを、現代的な恐怖(怪談)として表現して、その中で、傷つきながら生きていく、少女の成長物語が描きたかったのだろうと想像するが、手法が群像劇であったことで、ごちゃごちゃとしたストーリー展開になり、判然としない作品になったのかなと思う。
たくさんの登場人物達の思惑と、欲望が交差して展開していく構成は面白いのだが、個々のエピソードがかなり強引で、荒唐無稽な設定と、現実感が全くない。
そのせいで、幽霊が出てくるという設定に驚きを感じられない。
となると、幽霊を登場させる必然性も疑問。
普通に、昼メロみたいなドロドロした愛憎物語でも良かった気がする。(笑)
それじゃ、赤川次郎らしくないってことなんでしょうが。。。















※ これ以降ネタバレしてます。









































好みの問題でもあるのだが、個人的は評価は全くもって良くない。
だが、評価すべき点もいくつかある。
まず、過去の因縁が元で派生する、 “呪い” という怪談には無くてはならないポイントはしっかり押さえている点。
『四谷怪談』 のような日本的な怪談の要素を現代的にアレンジしている。
そして、群像劇にしたことで、本来であれば、主人公・令子が知りえるはずの無い事実を、殺された死者が語るという設定にすることで、自然と主人公の視点で物語を集約できた。
ドロドロした欲望まみれの愛憎劇と、死者が登場する恐怖劇の一石二鳥な構成は、さすが赤川次郎。

しかし、愛憎劇の中で、成長していく少女を描くという一石三鳥を狙ったのがマイナスとなった。
というのも、令子の両親、祖父が揃いも揃って不倫に走るという非現実的な設定だからだ。
戦国時代のような家督争いが、彼らを不道徳な行為に走らせたわけだが、家族が皆嘘をつきあう不倫家庭の中にあって、少女がたった1人で、どうやって成長する要素を見出せるだろうか。。。
嫌悪しながらも、やがてそんな生活に慣れてしまうのが関の山だと思うのだが。
慣れることと、成長することは違う。
荒んだ家庭環境で、令子が成長するには、純粋に愛情しかないように思う。
しかし、物語では、恋人になるはずであった少年に裏切られ、逆に親友をも傷つけてしまう。
弟や、母親、唯一信頼できた祖母も失ってしまった令子は、死の世界に足を踏み入れてもおかしくないのだが、何故か、死者の誘惑に打ち勝つ。
打ち勝つことができたのは、彼女が成長していた証と考えられるが、そうなる要素が何一つないのが疑問でならない。
どんなに苦しい経験をしても、生きていたいと思わせる何かが無い。
バンバン人が死ぬ割には、著者の死生観も見えてこない。
あれこれと詰め込み過ぎたのが良くなかった。


少女の成長物語は余計ですが、赤川流現代的な怪談としては良く練られた作品なのではないでしょうか。
ラストでは、ハリウッドのホラー映画さながらに、令子の祖母の生まれ変わりのような赤ん坊が、祖父と愛人の子供として誕生する。
過去の因縁は、途切れることなく未来へと続いていくのだという余韻を残しすような終わり方が、なんともゾッとして怪談らしい。

本書は、単行でも刊行されてますが、購入する際は、是非、文庫版をお薦めします。
装丁・デザインがとても良いです。
今にも幽霊が出そうな、鬱蒼とした暗い小道に、制服姿の現代的な女子高生が背を向けている、水彩画のようなタッチのイラストです。
雰囲気は満点です。








(  ゚_ゝ゚) { 『あなたが生まれてきたのは、間違いなのよ。』 はっきり物事を言う幽霊である。








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