::: SF・アクション・ラブコメディー ::: ★☆☆☆☆
『図書館戦争』 シリーズ弟4弾にして完結巻です。
もっとダラダラと長引かせるかもという不安をよそに、中途半端な巻数で打ち止めとなり安堵していたのだが、別冊なるスピンオフストーリーなんぞを出しやがった!-y( ̄Д ̄)。oO○
さすがにそこまで読んでやるほどお人好しじゃねぇぞ、という気持ちで一杯のわたくしです。(笑)
巻数を増すごとに、その世界観が小さくなっていった本書。
巻数を増すごとに、乙女御用達の恋愛少女漫画に成り下っていった本書。
巻数を増すごとに、幼稚な人間関係を描写していく小説でしかなくなった本書。
巻数を増すごとに、わたくしをイラつかせていった本書。(笑)
端的に述べれば感想はこんなもん。
今回のテーマはずばり、 “表現の自由” である。
ってことで、最後だし、わたくしも存分にその権利を行使してみたいと思う。(笑)
まず気になったのが、表現の自由を謳いまくっている本書なんですが、2作目で、ある本に対する批判的(攻撃的)な意見には、徹底した批判返しを行っていた図書隊の客観性はどうなの? と思います。
作家だろうが、芸術家や音楽家、どんな仕事についていてもそうですが、世間様に形はどうあれ、個人の主張を公的な場で発信した時点で、同等の批評が返ってくるのは当然の事と思う。
反論を受け入れるか、否かは個人の自由ですが、せめて受け止めるだけの覚悟はしろと言いたい。
まぁ、昔のロボットアニメのように、宇宙人は悪、地球人が善みたいに、メディア良化委員会は悪、図書隊は善という二元化した思想じゃ、無理だと思うが。。。(´ー`)┌
※ これ以降ネタバレしてます。今回のストーリーは、ある本の内容を真似た原発テロ事件が発生する。
メディア良化委員会は、当然の如くその本を検閲、発禁し、作家を拘束しようと動き出します。
それに対抗する為、図書隊は、反目していた「未来企画」と手を組み、作家を確保し、表現の自由を盾に立向かう。。。
なんて、あらすじはかっこいいけど、読んでみりゃ、どっかの地域限定の暴力団同士の抗争にしかみえないのはわたくしだけ?(笑)
“戦争” 、 “内乱” 、 “革命” とタイトルだけは大仰なのだが、中身はシリーズをどんだけ重ねても、戦争ゴッコにしかみえないんだからひどい。
今回の大事件にしても、原発=核兵器っていう認識でいるわたくしからしたら、敦賀原子力発電所をテロられたんだから、下手したら、核爆発なんか起こして、日本人全滅してるかもしれないんだぜって思うところ。
表現の自由を守れ、なんて呑気なこと言ってられるような事態ではないと思うのだが。。。
しかし、図書隊やメディア良化委員会は、放射能汚染よりも表現の自由のほうが大切らしい。
けど、もし放射能汚染が発覚してたら、こいつらもお互い、表現の自由にのしつけて押し付け合いしていることだろう。(´ー`)┌
槍玉に挙げられた作家を救う方法として、図書隊側は、作家を他国に亡命させるという案を提示し、実行に移す。
これって今の日本の現状に重ね合わせたように似ている。
拉致問題を自力で解決できずに、アメリカに頼るしか方策がない。
図書隊では対処できないから、亡命させて他国に委ねる。
方策は全く同じだ。
図書隊はまがりなりにも全国規模の組織形態を保有し、自国を守るのと同じように、思想(図書館の自由)を守ることを名目として武装しているのに、結局は自分たちは手を汚さず、面倒な事は他人(他国)まかせなのだ。
お前らが持っている銃は飾りか? と言いたくなる。
人を殺す為に作られた、ただその為だけにある銃を持つことの意味をわかっているのだろうか。
銃を持つことの責任と、人を殺し、殺されるだけの覚悟がこの図書隊とやらには微塵にもみられない。
そして、理想や、建前はご立派だが、自分らの中から反乱分子を出す腑抜けな組織でもある。
戦うべき相手はメディア良化委員会のはずなのだが、身内から裏切り者を出し、逆に足を引っ張られる始末。
メディア良化委員会との直接対決という格好の良いものではなく、内通者が起こした火種を消して回るという見苦しいドタバダ劇。
図書隊が組織として一枚岩だったら、なんの問題もなく亡命は成功していたことは間違いない。
仲間割れが、事を重大化させていることは皆で無視なのだ。(笑)
組織体系としたら、統制化されているメディア良化委員会の方が優れているとしか思えない。
この図書隊の組織とやらも読者を嘗めている。
全国規模とかいいながら、その世界観は、関東の一地域の一図書館というめちゃくちゃ規模がローカルだ。(笑)
そのたった一つの図書館が、国家の中枢みたいな書き方はただただあきれるばかり。
メディアや世界各国の大使館との連携といった、国家レベルでしか動かしがたい作戦も、一図書館の、一図書隊で、全ての計画が練られ、個人で実行されていくなんてありえない。
今時の漫画ですらもっと研究して、綿密で詳細な組織構造を作ってるよ。。。(´ー`)┌
そもそも図書隊と国との係わりが全く描かれていないことがおかしい。
仮にも民主主義国家を謳っている日本から、亡命なんて事態がまかり通ったら、国家の恥を世界に晒す事になる。
笑い者になって、恥で済ませてくれる呑気な国ばかりだったらいいが、信用問題にも発展し国益を損なうのは明らかだ。
いくらなんでも、メディア良化委員会と図書隊の抗争を見過ごすわけがないし、無関心ではいられないと思うのだが。。。
国家だけではない。
国民も両者の抗争には無関心。
無関心というか、国民の総意なんてもんは取り上げられない。
やはり、皆、触らぬ神に祟り無しで、暴力団同士の抗争としか思っていないってことなのか?(笑)
善良な(笑)一国民から言わせもらえば、メディア良化委員会も、図書隊もやってることは変わらない。
同じ穴のムジナであり、わたくしにしてみれば、どっちもテロ集団で、ゲリラ部隊にしかみえない。
それには、図書隊側の内情しか描かれてないから。
全てそうだ。
図書隊員が思うこと、感じること、それしか発信していない。
1作目ならそれもいいだろう。
しかし、読者としては、2作目以降は、メディア良化委員会の立場はどうなの? とか、両者を取り巻く社会はどうなのか? 国家としては?
だんだんと図書隊を取り巻く世界を広げていって欲しかったというのが正直な気持ち。
こんな希望が叶うどころか、どんどんとその世界観は小さくなっていく。(笑)
小さくなっていた先の核が、ベタ甘な恋愛だっつ〜んだから、これを怒らずして何を怒れと!?
まぁ、恋愛小説が大嫌いなのは、あくまでも個人的な理由であり、そこに客観性とか正当性は皆無だが、敢えて言いたい。
なんだ、あの古臭い少女漫画風の乙女チックな恋物語は!!( ̄− ̄メ)
饅頭は皮があるからアンコがうまいんだよ!
誰がアンコオンリーの泥饅頭食いたいもんか!
ゲロ甘だ! こんちくしょう!
いいさ、そういう乙女な恋愛が著者が好きだっつ〜ならそれもいいさ。
だけど、図書隊=軍隊という設定上、任務遂行中に手を握り合ってウキウキしたり、イチャこくのだけは絶対に許せん。
っつか、上司をぶん殴って、部屋に閉じこもっていじける部下の為に、殴られた上司がケーキ買ってきて、いい子いい子って頭なでなでするって。。。
そんな軍隊あんのか?
著者は図書館業務の取材には行ったらしいが、自衛隊の取材はしなかったらしい。(´ー`)┌
殴られた上官が部下の機嫌取りする。。。そんな上下関係を失した軍隊だから身内から内通者を出すんだよ。
簡単に銃撃されて重体になったりすんだよ。
これが部隊のあっちこっちで、イチャこくもんだから、うざいったらありゃしない。
なんだ、この色ボケ軍隊は!?
恋愛するために図書隊に入隊したのか? と激しく問い詰めたい。
登場人物についても言及したい。
図書隊全員にいえることだが、そろいも揃ってなんであんなに仲良しこよしの団体なんだ?
これが一般企業ならまだしも、軍備組織とは思えないほど甘ったれた人間関係。
特に色ボケカップルの堂上と郁はひどすぎる。
上司ぶん殴って、メソメソしているようなヤツが、銃で人を撃てるはずがなかろう。(´ー`)┌
部下にぶん殴られるような上司が、彼らを統率できるわけがなかろう。
また、情報通のキレ者という設定の柴崎だが、どのへんがキレ者なのか、全くわからない。
わたくしから言わせりゃ、戦略立てる時に何が重要かっていったら情報しかない。
情報持ってたら、誰だって自分に有利な作戦立てられるじゃないか。
他の登場人物らに、有能だ有能だって言わせることで、柴崎がキレ者だとするのは、作家としてあまりにも芸が無く、幼稚な手段だと思う。
その柴崎とイチャこいてた手塚光だが、こいつも当初はエリートとされていたのだが、シリーズを重ねるごとに、ただのブラコンの童貞くんみたいな、乳臭い坊やに成り下った。
彼の兄でもある、手塚慧は、国家を揺るがす秘密を握っているらしいが、それは開陳されずに物語りは終わる。
(゜ロ゜) ええぇ!? だよ。。。
そんな子供騙しのハッタリかます作家っているのかよ。。。いたんだが。(´ー`)┌
せめて、案じさせるだけの伏線くらい残しておけよと思う。
柴崎の有能設定もそうですが、結局のところ人物造詣が甘いというか、ぬるいんだよなぁ。
中身がすっからかんなのに、理想というか妄想ばっかりが膨らんでしまった結果なんですね。
人物造詣についてもう1つ言っておきたいのが、わたくしは本書に限らず、他の小説でも思うのですが、キャラクターの設定があまりにも夢見すぎなところが引っ掛かってしょうがない。
容姿がどいつもこいつも端麗で、誰もが優しく聡明な良い人っていう設定。
本書が顕著にそれが出ているので、鳥肌が立つほど嫌いだ。
ハゲだろうが、デブだろうが、人を惹きつける才能があればかっこいいと思うし、どんなに美しくたって、性格が悪い嫌われ者は絶対にいるわけで、そういうキャラクターを魅力的に書けないところに、人間を描けない著者のレベルの低さを感じずにはいられない。
誰からも見ても、どこから見ても、善良な人しか描けない点もついていけない。
図書隊のメンバーはみんな善人なわけだ。
正確に言えば、善人にしかみえない人達。
どんな人でも、悪い面はあるはず。
それがまるで見られない。
おまえらは霞食って生きてる仙人か? と言いたくなる。
“渡鬼” を見て研究してこい!
こんな夢見る少女漫画にしか登場してこない人間では、魅力を全く感じない。
表現の自由に伴なって、再燃したのが、差別用語に関してのくだりだ。
わたくしが感じた著者の見解は、差別用語に過敏になり過ぎているのでは。。。? である。
よく言葉狩りと言われますが、突き詰めていけば、人を傷つけようと思って発する言葉は全て差別用語になるのは当然のことで、きりがないのも確か。
差別用語垂れ流しのわたくしが言えることではないが、一言。
本書では、例えとして「片手落ち」という言葉を挙げてました。
著者の言い分としては、語源として差別用語じゃないんだからいいじゃないかということ。
元々が差別するために生まれた言葉でないのに、差別を連想させるからというだけでNOだというのは不当ではないか。。。
確かに、辞書で引いた意味としてはそうかもしれないが、人間は辞書のように明確化された生き物じゃないというところが頭にないように思う。
未来永劫、辞書に書いてあることが絶対とも、正等だともいえない。
歴史と同じで、言葉も時代と共に書き換えられていくものだと思う。
飲酒運転で人を轢き殺した人間が、過失というだけで、2、3年で刑務所から出てこられる。
被害者の遺族はこの裁きを正等だと思うか。。。?
いくら法律だからと言われても、はいそうですかと納得できるものではない。
同じように、辞書に書いてあるからといって、それを額面通りに受け入れられるほど人間の心は単純ではない。
著者の言い分は、杓子定規にしか物事を捉えられないお役所の人間と同じ。
強者の論理と受け取れてしまう。
難聴者や車椅子を利用している登場人物がいながら、彼らを主人公の主張に都合よく利用しているようにしかみえない。
本シリーズでは、差別問題やメディア良化委員会との抗争など、社会的なメッセージを発信しているのだが、それがどれもこれも手前勝手な主張でしかない。
理想はものすごく高いのだが、それを作品として表現しようとした時に、技術的にも表現力にしても追いついていないという感じだ。
おそらくするどい読者は、2作目、3作目と読むに従って、風呂敷がデカすぎなだけじゃんと気づいたのだと思う。
だって、中身は戦争ゴッコしながらイチャこくだけの少女漫画でしかない。
それを誤魔化そうと、奇貨なんて小難しい言葉を入れてみたり、回りくどい文章にするなどして、重厚な感じにしようとがんばってるんだが、読みづらいだけの文章になってしまっている。
疾走感のある元気で、読みやすい1作目とはガラっと変わっていたので、読むのに時間がかかった。
変だなぁとものすごく違和感を感じていた。(笑)
大風呂敷な点といい、著者は背伸びしすぎだと思うのだが。。。
1作目の「図書館戦争」をわたくしなりに評価したのは、その奇抜な発想力にほかならない。
SF、ファンタジーとしてみられたから楽しめたのだと思う。
しかし、シリーズを重ねるごとに、現状の日本を舞台にした物語にしかみられなくなっていく。
近未来といいながらも、メディア良化委員会と図書隊の存在を抜きとれば、間違いなく現代の日本でしかない。
現代により近い日本でありながら、非現実的な両組織の有り方に激しく抵抗感を感じる。
非現実的な組織があってもフィクションなんだから有りなんだと思う。
だけど、問題はそこに準じる人間の有り方に共感が出来ない。
特に3作目以降にそれが如実に表れてきて、個人的には極めて評価の低いシリーズになってしまった。
しかし、一般的には、逆に支持されていることを不思議に思うのは、わたくしが捻くれてるからか?
シリーズ通して読んできたが、どうしてもこの作品を好きになれないのだ。
以前にも書いたが、本書を読んでいてイラッとさせられるのは、組織にあるはずの厳格さがない、銃を携帯することの覚悟がない、そして極めつけが、履き違えた正義と、優しさの押し付けだ。
もう酷評するしか術がない。
酷評でもって、良くも悪くも評価とするしかない。
( ゚_ゝ゚) { 『悪意を持っている人は何かを損なう意思を明確に自覚している。
しかし一部の“善意の人々”は自分が何かを損なう可能性を自覚していない。』 それが出来てりゃ神だよ。。。
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